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41歳健二さんのカコバナ! ⑦-6


カコバナ!


 

      6

 

 

 

 あの方の心の在り方を想う。

 あの方の心からの願いを想う。

 

 ――誰よりも、あの方の哀しさを拾い上げてあげれるのならと願ったのは。

 

 ――― この俺自身。

 

 

 

 

 

 

 

 ―― ワシらはな、何度も世界が変わったような朝を迎えたもんさ。

 祖父は告げたものだ。

 昨日まであった家がなくなった。

 昨日まで一緒にいた友がいなくなった。

 ――家族が、いなくなった。

 ―― 次に死ぬのは誰だと思いながら、一日一日を生き延びることしか考えていなかった。

 戦時を語り継いだ祖父は、もういない。

 祖母が病で没した後、施設に入った祖父は数年後に亡くなった。

 小磯の名前を継いでいるのは、健二だけだ。(父母? ―――彼等は、もう別の小磯になってしまっているんだろう、きっと)

 戦後の混乱の中、焼け野原だった場所でそれでも生きようとする人々に継続的な仕事を提供してくれたのは、生糸商だった陣内家。

 亡くなった先代の酔狂が身代を潰したと言われながら、それでもその人のおかげで地域在来の商売が息をつないでいたことは、誰もが知っている。

 だから、せめて。

 遺されたその財産だけは守っていてほしかったのに。

 ―― 大殿さま、大奥さま、みなさまがいらっしゃるからこそ、ワシらは生きてるんだぞ。

 幼いころから、性根に叩き込まれたその言を忘れることなんて出来ないのに。

 ―― だから、ワシらはみなさまに感謝するんじゃ。ずーっとずーっと。……この家が続く限り。

 

 それは、小磯家の【家訓】だった。

 

 

 

 

 

紫の花は今日も水を浴びたのか。

 森から吹く風に揺られて、気持ちよさそうに見えた。

「――― あの子は、元気かしら?」

 その髪の毛には白いものが混じりながらも、その背筋の美しさには何物も勝てはしまい。

 容ではない。

 形ではない。

 ―――その美しき所作に、全てへの愛と優しさが溢れたような人。

 神様の、ような人。

「  ――、元気ですよ。大切な母上に、研究費用を与えて頂けたと大興奮でした」

 イイ年の大人のくせにね。

 少しばかり侘びと、相手への嫌味がこもるのは、俺にしてはありえない。

 大奥様に、だ。

 敬愛する、この人に俺が嫌味を言う?

 ……ありえない。

 ――― ありえないのに。

「どうして、貴女はそれほどにあいつを特別に扱うんですか」

 言わずになどいられるだろうか。

 末の子供だから?

 妾の子供だから?

 ――― 貴女が生んであげれなかった、子供だから?

「特別? …そうかしら?」

 私は、ただ私の子を慈しんでいるだけなのに。 

 笑みは深まるばかり。ただ透明に、ただ白く清らかに。

「―― 大奥様っ!」

 もういいでしょう。もう許してあげてもいいでしょう。―――― 貴女の中のソレを。

「お願いです、お願いです、無理にとはいいません、だからどうか―――」

 どうか、ソレを―――。

 にじり寄るように、そばへと近づく。

 掴んだ手首は、女性のものだった。

 神でもなく、鬼でもなく、生きてきた人の手。

 

「――― 貴女が昔に禁じたソレの代わりに」

 

 何度も訪れたこの本家。

 何度も拝んだ、大殿の遺影が残るその場所。

 ――― 先祖伝来の遺影が桟の上に掛けられた、その場所には。

 

「 自ら被った聖女の仮面を ――― 外してください 」

 それは、あまりにも、貴女が寂しい――。

 

 決して、並ぶことはない。

 侘助の母親 ――― 最後の妾の姿は。

 

 この本家にだけは、存在することは許されない。

 

 

 

「 やはり、――― あなたも知っていたのね」

 

 

 

 声が変わる。

 声が変わる。

 聖母から鬼女へ。

 神から、人へ。

 

 

 

「―――  私が、あの人を恨んでいたこと」

 

 

 

 

 

             ――――→ 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかの文字超え。

 しくしくしく。

 次回が短いので、連続投下。

 

 


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