久遠寺タウンＯＺ物語り（仮）　第二部：②

　「空腹に勝るものなし」

　ぐうううううううううううううう。

　くうううううううううううううう。

　地味に音が響いているのは小磯家のリビング。

　珍しく、いつもは入り浸るラブマがいない。―――――めったにいない自宅でのウチご飯中のためである。

「――――お腹が空きました」

「―――――――ボクもです」

ぐううううううう。

くううううううう。

　本日、朝昼と連続してごはんがあたらなかった初期ケンジと仮ケンジのお腹が鳴った。

　保護者は同じ部屋に居るけど、聞いてない。むしろ、聞こえてない。

―――――ただ今、健二は幸せの桃源郷に魂を飛ばしているからである。

かりかりかりかり。

　レポート用紙が床に散乱している。汚いミミズのような文字がそのうえでは踊っている。

　０～９までの数字が、まるで楽譜の上で踊る音符のように見えるのは秘密だ。

　かりかりかりかり。

「目が逝っちゃってますねえ」

「――――――（否定できない）」

　かりかりかりかり。

　聞こえていない。健二の頭の中身はまだ、数式の世界に行ってしまっているようである。

　昨日通販で頼んだ新しい数学の参考書が届いたとかで、健二は昨日の夜から、目を血走らせて数学の世界に没頭している。

　お風呂と食事と睡眠をすべて摂ろうとせずに。

「なんて言うか、こういうのが数学馬鹿っていうんですよね」

　いや、むしろ、数学フェチ？

「――――――――（否定できない＆言う言葉がない）」

　仮ケンジの黄色い顔が、橙色になっている。――――照れたの？

　かりかりかりかり。

　全くもって、気づいてない保護者。

　被保護者としては、はやく気付いてほしいです。お腹が減りました。ぐううううううう。

　自分の寝食も忘れて没頭している保護者に、そんな手間があるかという話である。

「――――――サクマ家でも行きましょうかねえ」

　かつあげ…げふん、ごはんをおごられに。

「――――――――」

　行きたいです。ボクも。

　さりげなく、初期ケンジと仮ケンジの意見が一致した。

　ちょ、待って。来られても困るんですけど！！

　佐久間家の方角から、二人分の何かが聞こえた気がした。――健二の親友とそのアバターの声で。

　かりかりかりかり。

　聞こえてません。

「ですが、それも疲れますね」

　面倒です。

　あっけらかんと、初期ケンジは言い切った。

　喜びがどこかに二つ生まれた気配がする。

「――――どうしましょう？」

　仮ケンジが、訊いた。

　てくてくてくてく、。

　初期ケンジが歩いていく。行き先は小磯家の電話機。

　ぴぽぱぽぴぽぱぽ。……ティルルルルティルルルル。

　ちょこんと、電話機に手が届かないミニマムなアバターたち専用の踏み台を置いた後、初期ケンジが電話をかけた。

「…あ、もしもし、マルゲリータとシーフード、ナスとひき肉、照り焼きチキン、季節限定の奴４枚ずつ。あとは、サイドのポテトセットとチキンセットを合せて４つ分、宅配してください。支払いは現金でお願いしますね」

　てきぱきと、宅配ピザに連絡をしている。

「―――――あ、飲み物はアップルでお願いします」

　いつもなら、止めるべき立場の仮ケンジが追加で注文した。―――――お前ら。

　ぐううううううううう。

　くううううううううう。

　かりかりかりかり。

　聞こえていますか？　（吐血）

「お腹が減ってることはさみしいことだって、おばあちゃんが言ってました」

「ボクも、そう聞きました」

　きっぱり。

健二は、まだ数式を解いている。―――――――――――あ、またレポート用紙が飛んだ。

　ピンポーン。

「「はーい」」

　どたばたどたばた。

　ミニマムなアバターたちが、玄関へと向かった。―――健二の財布を持って。

　玄関の扉の向こうでは、すこぶる美味しそうな匂いが漂っている。

「すいませーん。ピザをお持ちしましたああ」

　本日の教訓：お財布の管理と被保護者の世話は、しっかりとしましょう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了　ｂｙ御紋

　――――意外に、仲がいいな、初期ケンジと仮ケンジ。

　そして、仮ケンジが大分、壊れてきている。――――――――今さらだ、きっと。

　こんなシリーズでも、楽しんでいる方がいらっしゃるといいのですが。（汗）

　――――ああああああ、俺の諭吉さまがいなくなってるううう。

　――――けぽおおお。…美味しかったです、諭吉さま。

　――――もぐもぐもぐもぐ。（まだ食べてる）

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