とんっ。

　陽光を背景に、キングカズマが飛んでくる。―――――仮ケンジがへたり座っているその巨岩へと。

　戦いを済ませたばかりの興奮なのか、キングの姿からはどこか近寄りがたい気配を感じさせた。

へたりこんだままの仮ケンジを気にすることもなく、王者は歩いて去っていく。

　ああ、キレイな。―――キレイな生きもの。

　意識さえも失いそうな感覚の中で、仮ケンジは思った。

　どこか遠い世界の違いを、感じていたように思う。

　通り過ぎていく。

　たったそれだけの、―――――別の世界の生きもの。

　…コンっ。

　下を向くしか出来なかった仮ケンジの頭の上に、何かがぶつかった。

　ころころころ。

　何かが転がる気配。

　見てみれば、そこにあったのは。

“輝ける木の実”

　万能の栄養薬と名高い木の実。――――ゆえに、希少価値が高く、なかなか手に入らないそれ。

　驚きながらも、それを掴んだ。

　周りをみれば、立っているのはたった一人。

仮ケンジに背を向けたままで、右手を振っているキングカズマ。

　まるで、「早く食べろ」というかのように、その手はどうでもいいというかのように振られている。

　いいのだろうか。

おそるおそると、口に含んだ。

　涙が出た。

　空腹の末、口に含んだ食べ物の味。―――一生、忘れられない。

味わうように、その小さな、けれども偉大な実を、仮ケンジは食べた。

　気づくと、そこには誰もいなかった。

早くも活気がわいてきたその身体で、キングカズマが歩いていこうとしていた林の奥を見つめた。

　その緑の林の奥で、揺れているのは、キングカズマの赤いベスト。

　ああ。

仮ケンジは思う。

ああ。――――生きたい。

　放逐された故郷を離れて、一人旅を続けた。

　どこへいっても、所詮は異邦者。

　――――受け入れられることが、どれだけ困難であるかなど、とうに知っていた。

陽光の下、仮ケンジは身にまとっていたそのマントを、自らの意思で脱いだ。

　まるで、自らを隠すように、異邦者としての自分をうとまれぬように。

　旅の間、決して手放さなかったそのマントを。

　仮ケンジは捨てた。

　マントが、風になびいていた。

「――――この森には、優しい王様がいるのですね」

仮ケンジは呟いた。

そして。

その瞳には、生きる意志が蘇っていた。

「―――お前に、この地に住まう資格はない」

　父に言われた。母に言われた。兄弟に言われた。姉妹に言われた。――――家族に言われた。一族に言われた。

　自らの、全てに言われた。

　あのときから、自分は名前を失った。――――寄り添う縁を、喪った。

「　……生きることは、難しかったのだけれども　」

　思い出した過去を、仮ケンジはようやく初めて、優しい思いで振りかえった。

「　生きたいと思うことは、意外にも易しいのですね　」

　こんなにも。

　思い起こすのは、あの優しい王様。

「　貴方の住むこの森で　」

　――見えるのは、穏やかで優しい風の吹く、ＯＺの森。

「　ボクは、生きたいです　」

　仮ケンジの思いは、このときから始まるのだ。――――いつか、貴方に感謝を。

「　助けてくれて、ありがとう　」

　優しい王様に、永遠の感謝をしよう。

――――――――――――――――命を、繋いでもらった以上に。

　心を、救ってもらいました。

　この優しいＯＺの森で、生きたいと思います。

　貴方が生きている、この森で。

　ジョンとヨーコが鳴く声がＯＺの森に響いている。

　風が、ＯＺの森を渡る。―――森が歌う。
  木の葉のささやく歌は、まさしく生命の歌。

　仮ケンジの生きる場所は、いま定まったのだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了　　ｂｙ御紋

[2回]